小西由希子のブログ

原発事故
 

1000年に一度という未曽有の大地震と想像を絶する大津波による被害の大きさに言葉を失いました。亡くなられた多くの方々のご冥福を心よりお祈りしたいとおもいます。

また、被災した方々の苦しみの毎日を思うと、力になれないもどかしさでいっぱいです。

千葉県内でも津波や液状化で、命を失ったりライフラインが途絶えて毎日の生活に苦労をされている方々がまだたくさんいらっしゃいます。

さらに、東京電力福島第一原子力発電所の事故。

「想定外の状況」といわれていますが、どんな状況も想定しておくべきだったといえます。
絶対安全だと言い稼動してきた東京電力と政府の責任は「重い」ということばをはるかに超えています。

国民の命、農作物、土壌への影響、乳幼児を抱えた保護者はどんなにか不安だろうと考えます。

きのうあたりから、安全一点張りだった報道も、危険性を指摘する声が多くなりました。
長期化していることへの危惧。

原子炉核燃料の損傷の可能性が示唆されるとの報道もあり、改善どころか日を追って深刻化しているのが現状です。

事故の詳細についてもっと十分で的確な情報提供が強く求められます。


現実を示した上で、どう対処していくか、国全体で考えていかなければなりません。

一方で、計画停電により私たちはこれまでの暮らしがいかに原子力発電に依存したものであったかを思い知らされました。
ガソリン不足や被災地のご苦労を思うと、今私たちできることから始めようと、省エネ暮らしを意識し始めた方々も多いかと思います。薄暗い商店や暖房を控えた電車に、多くの方が「これでもいいじゃない」と感じたでしょうし、家族が一つの部屋で過ごしたり、夜は早く帰宅する生活に、今までとは違ったライフスタイルに新鮮さを感じた方もいることと思います。


原発の不安さを口にしながらも、私たちは便利さにあぐらをかいてきました。便利さの代償が原発事故というのはあまりにも過酷すぎますが、これが現実です。そして、チェルノブイリの事故でもそうであったように、現場関係者がすでに被爆事故にあっており、収束のためには必ず誰かが犠牲になる事態に言葉に表せない苦しさを感じます。


自然の力の前には私たちはあまりにも無力ですが、当然のことながら「絶対に安全なものはない」ことを改めて学びました。

技術を駆使して「絶対安全」な原発に依存し続けるのか、少しだけ不便な生活を我慢しても将来の子どもたちに安全な地球を残すか、私たちの選択が問われています。

国は、まずは今ある原子力発電所の徹底した安全対策を講じると同時に、原子力推進のエネルギー政策そのものを見直し、変更すべきと考えます。

そのため私たち一人一人も暮らし方を考えていくことが必要です。

エネルギー政策は国だけでなく、地方自治体ごとにも考え選び取っていかなければなりません。

少し不便でも健康で安心して暮らせる千葉県を、私はめざしていきたいと思います。

17:17 - comments(0) trackbacks(0)
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